救済の志 鉄眼禅師に憧れ――薬師寺・大谷徹奘さん法話

 毎月8日は、お薬師様のご縁日です。薬師寺ではその法要中に大般若経600巻の転読がなされます。現在使用されている大般若経は、江戸時代中期の黄檗(おうばく)宗の僧、鉄眼(てつげん)禅師(1630~82年)が開版した一切経(いっさいきょう)(重要文化財)の中にある大般若経の版木を、平成になってから刷ったものです。

 江戸時代はお経を入手することが困難で、ほとんどは書写するしかありませんでした。誤字脱字が避けられず、正しく教えが伝わりにくかったようです。

 そのような中、京都宇治・萬福寺の開山隠元(いんげん)禅師、2代木庵(もくあん)禅師から直接教えを受けた、鉄眼禅師が一切経の開版を発願します。それは、仏教を盛んにすることが、人々を救うことになるという、信念からでした。

 鉄眼禅師は勧進行脚に努め、数年後やっと浄財が集まった折、大阪で洪水が起こります。死傷者多数、路頭に迷う者数知れずという惨状に接し、鉄眼禅師は「集めた浄財を一切経の開版に使うのも、苦しむ人々を救うのも、帰するところは一にして二にあらず」と、協力者に同意を得て集めた浄財全てを救済に投じたのです。

 心機一転、2度目の勧進行脚。これにも数年を費やし再び浄財は集まったのですが、今度は近畿地方で大飢饉(ききん)が起こります。被害は大阪の洪水の比ではなかったようで、鉄眼禅師はまたもや集めた浄財全てを被災者の救済に充てたのです。

 3度目の勧進行脚を始めると、今度は鉄眼禅師の人々を救うための惜しみない活動と、一切経を開版したいという意志の強さに感動した人々が、喜んで寄付をしたことで、開版作業は迅速に進められました。発願から17年目。約6万枚の版木が彫られ、一切経6956巻の開版が成就します。これは鉄眼一切経と呼ばれ、現在も萬福寺に保存されています。

 鉄眼禅師のどんな時も「人々を救いたい」という不屈の精神から生まれた所行こそ、人としての鑑(かがみ)です。私は同じ仏法の道を歩む者として、大いなる憧れを抱かずにはいられません。

合掌

(薬師寺執事長 大谷徹奘)

写真=薬師縁日で大般若経を転読する大谷執事長(左)<薬師寺提供>

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